カラダの傷と心の傷 成宮寛貴のカラダにはふたつの傷跡がある。 ひとつは、脇腹。 ひとつは、左手の小指。 舞台をやっている中でついた傷だ。 「脇腹は、『お気に召すまま』の初演(04年)の稽古で、脇腹を意識して声を出すという訓練のために、お腹を洗濯ばさみでつまんでいたんです。 その跡が今でも消えないんですよ。 もうひとつは、『KITCHEN』(05年)の時、初日のクライマックス、狂乱した僕の役ペーターがガスホースを包丁で切るという場面で、ホースがうまく切れず、あやまって指を切ってしまったんです。 血糊と本当の血が混ざっていやだったなあ・・・・・・。 5針縫いました」 「あまり思い出したくない話だし、こういう苦労話をするのも本当はあまり好きじゃないんです。 『お気に召すまま』の初演の時は、ドキュメンタリー番組『情熱大陸』でも紹介されたけど、蜷川さんに厳しく指導され続けました。 あの時のことを思い出すと、今でも苦しくなるし(笑)あまり思い出したくないんですよ。 でも、最近、少し気持ちが変わってきました。 前は”カラダの傷は男の勲章”みたいな考えはまったくなかったし、むしろカラダに刻まれていくものには違和感があった。 それって年齢を重ねるってことも含んでです。 この頃は、年齢を重ねて経験を増やして、カラダにいろいろなものが刻まれていくのもいいなって思えるようになってきました。 キレイなものはキレイなままであってほしいと思っていたけれど、深みを増していくと思えばいいかなって。 いろいろな思い出が増えていくと考えればいいですよね。 負傷や大変だった稽古も今となっては良い思い出です・・・・・・」 そう語る成宮の楽屋には、大輪の白百合、小ぶりのひまわり、紅いガーベラ、ブルーの薔薇・・・・・・などがセンス良く飾られていた。 「お花、好きなんですよ。自然が好き。 仕事の合間に、公園の芝生で昼寝したりしてますよ」 キレイなものに囲まれてキレイな娘役を演じている成宮寛貴は、キレイなだけでない強さを放っていた。 もともと成宮には観賞用の切り花のような弱さはなかった。 『情熱大陸』でも、弟の面倒を見るなどの苦労経験を明かしていた。 「『お気に召すまま』(再演)の稽古の時、見学に来たバイトして自活している10代の俳優志望の男の子に話を聞いて、”俺、そういうの好き!狭いアパートの中でもがくの(笑)”って言ってましたよね。 そういう心の傷みみたいなものと、カラダに刻まれる傷とは違うんですか?」 「心の暗黒時代は大事だと思うんです。 自分の目指すものがまだつかみきれずに、もどかしさを覚える、そういう時間は絶対必要です。 ここが頑張り時っていう時に頑張れないと、スタートラインにすら立てないし、立てたとしても続けていけない。 芸能界は苛酷ですから・・・・・・。 負の体験が、この世界で生きていく爆発的エネルギーにつながったりするんですよね」 「結構、骨太・・・・・・ですよね」 「”完璧主義”とか、”真面目”と言われますよ(笑)」 初演から再演まで 「今日は稽古終わり!」 稽古開始数分で、蜷川は大声で叫び、足早にカバンを持って出ていってしまった。 全身をまとった怒りの空気が、誰にも蜷川を引き留めることをさせなかった。 2004年、夏、彩の国さいたま芸術劇場大稽古場。 17世紀、シェイクスピアの時代の慣例にならって、女性の役も男が演じる<オールメール演劇>『お気に召すまま』が上演されることになった。 ヒロイン、ロザリンドに成宮寛貴、彼女の恋人オーランドーに小栗旬。 成宮は、01年蜷川演出、市村正親主演『ハムレット』でフォーティンブラスを演じた。 小栗は、03年蜷川演出、藤原竜也主演『ハムレット』でフォーティンブラスを演じた。 フォーティンブラスの出番は少ないが、死んだハムレットに代わり、次世代を引き継ぐというような希望を担う重要な人物。 当時、新鋭俳優として活躍を始めていた成宮、小栗がこの役を演じるのは意味のあることだった。 そのふたりが、いよいよ蜷川の舞台で主役を務めるということで『お気に召すまま』は注目されていた。 しかしその頃、成宮は仕事が重なっていて、満足にセリフを覚えてこられなかった。 ロザリンドはシェイクスピア37作の内、女性役の中では2番目にセリフが多く677行ある(ちなみに男役で同じくらいのセリフ量といえばロミオの612行。 参考までに最も多いのがハムレットの1495行)。 男装をしたり、男装しながら女性の心情に戻ったりと、俳優としての技巧も試される。 しかも、エピローグを女性が行なうのは、ロザリンドだけ。 とても重要なキャラクターなのだ。 「蜷川さんの稽古は、初日から台本を見ないでもセリフが言えるようになっていないといけないんです。 でも僕はセリフがなかなか覚えられなくて、稽古の進行を止めてしまい、蜷川さんを怒らせてしまった。 始まってすぐに蜷川さんが帰ったのは衝撃的でしたよ。しかも2回も! 蜷川さんは厳しい稽古で有名だけど、ここまで怒らせたのは、僕くらいじゃないかな」 今となっては笑いながら話せるが、その時の稽古場の凍りつき方は尋常ではなかった。 成宮は稽古場近くのホテルに籠もり、ひたすらセリフを覚えた。 小栗旬が、共演者たちとの親睦を深めるため呑みに行ったりする中、まったく参加しなかった。 ”思い出したくない”という気持ちも無理はない。 しかし初日には、何とか形にして関係者をホッとさせた。 土壇場に強いのはプロの条件のひとつだ。 成宮の女性役は”美しい!”と大評判になり、ハッピーな喜劇として公演は連日満員で千秋楽を迎えた。 翌年、『KITCHEN』(シアターコクーン)で再び主役を務めたが、これも最初は主役ではなく、あえて2番手の役を選んでいた。 しかし、主役が病気降板、悩んだ末、責任の重い主役を引き受けることになる。 ここでも、底辺で生きる青年の心の痛みを感じるために、稽古中、衣装の下には洗濯ばさみを再びつけられたこともあったようだ。 そして初日のアクシデント。 ここでの成宮は、火事場の馬鹿力的なものを発揮したのだ。 以後の成宮は”男らしさを追及したい”と自分の方向性を定め、筋トレをはじめ、雑誌に鍛えた肉体を披露したり、ドラマ『いま、会いにゆきます』などで、父親役を演じるなど、演技の幅を拡げていった。 「そういう中で、『お気に召すまま』の再演の話になって、今の僕が再び女性役を演じることには少し抵抗がありました」 そう語る顎にはうっすらヒゲも生えている。 実際、3年ぶりに着た衣装は、筋肉が発達した体にはきつくなっていた。 やるからには初演以上のものにしたい。 成宮は、仕事を『お気に召すまま』一本に絞って臨んだ。 稽古の1ヶ月くらい前から自主稽古を開始していた。 自由を手にいれて 『お気に召すまま』稽古初日。台本の読み合わせ。 第一声は小栗旬のオーランドー。 小栗もまた『タイタス・アンドロニカス』でシェイクスピアの本場イギリスの舞台を踏んできた自信を感じさせる芝居をした。 稽古場の熱が上がった。 さあ、次は、成宮だ。 <ねえシーリア、これでも私、必死で明るい顔をしているのよ---> 3年前とはもう違う。 あの頃より進化した公演になる---そんな予感が稽古場を満たした。 それは、蜷川が最初の読み合わせから急に細かいダメ出しをし始めたことから伝わってきた。 「そんなこともできるようになったんだ」 稽古場で蜷川がうれしそうに成宮に声をかけた。 幼なじみの親友シーリア(月川悠貴)と刺繍をしながら語り合うシーンで、成宮は、針で指をつき”痛ッ”と小さく叫んだ後、かわいらしく指についた血を唇で吸うという細かい芝居を自主的に盛り込んだ。 この場面は、初日でも観客を沸かせた。 「女の子らしさを表現するだけでなく、その後ロザリンドが言う<こういう平々凡々なふだんの日々はイバラだらけ>というセリフにもかけているんです。 イバラやイガに刺されて痛いロザリンドの状況を表そうと思って」 ほかにも、ギャニミードと名乗り、男に変装して勇ましく振る舞おうとしながら、バッタリ転んでしまうとか、木の幹につまづいてしまうとか、喜劇らしく笑いを盛り込もうとしていた。 「どうやって面白くしようかと考える中、人が無心になっている時って、周囲が見えていなくておかしいと思って、そういう動きを採り入れていきました。 コケ方も毎回やるたびに違うんですよ。 その日の劇場の空気や、共演者の調子などで、接し方も言い回し方も変わってくるんです。 役が自分の中に入って、カラダが自由になると、そういうことができるようになるんですね。 今回は、再演の分、余裕ができたから、自由になれる時間が早かったです」 ロザリンドが男装した時の動きは宝塚の男役を参考にした。 稽古中、生き生きと積極的に動き回る成宮は、稽古場の空気を引っ張っていた。 「成宮の芝居がいいんだよねぇ。 僕も3年分、経験を積んできたつもりだったけど、成宮も3年分成長してたね」 対する小栗旬も、負けられないと気持ちを高めていた。 様式的な演技に磨きをかけていく成宮に対して、小栗は感情を大事にしたナチュラルな芝居で向き合っていく。 舞台稽古に入って、ふたりの絡みの芝居をした時、成宮はふと戸惑いを覚えた。 「小栗がすごくナチュラルに芝居をしてくるから、俺たち交わらないゾ!?って。 ロザリンドは、男の僕が女性を演じているというある意味異様な役だから、様式的に見せていくしかない。 でも、俺だけ、こんなガピガピの芝居していて良いのかなあ?という気になって、様式的な芝居を少しだけナチュラルに変えたんです。 たとえば、男装しているロザリンドがうっかり女性に戻ってしまうところとか、あんまり極端にしないようにしてみました」 お互いが相手の出方も受け止めつつ、自分の芝居を追及する・・・・・・火花散る、同じ82年生まれの若手俳優の対決だった。 劇中、ロザリンドが、鬱ぎ屋と称される人物に<さようなら、旅人さん、せいぜい巻き舌でしゃべり、自分の国のいいところは全部けなし、自分の国籍をうとましがりなさい>と言う場面がある。 オーランドーへの恋に夢中になっていて、ほかの人に話しかけられても上の空の様子を表現しているのかもしれないが、自分の国をけなすことに対して何か批評があるのかなという気がした。 この時のロザリンドはどういう気持ちなのか聞いてみた。 「ロザリンドは被害者ぶっている人が嫌いなんだと思います。 ロザリンドは父が追放され、天涯孤独になって、引き取られた叔父さんにも疎まれて森に逃げてきた。 そして男装してでも生き抜こうとしている。生命力のある人物です。 だから、旅をして経験を手に入れて悲しむよりも、阿呆を手に入れて愉快に生きることを選ぶんですね」 男性が女性を演じることでロザリンドの強さは際立つ。 成宮が 3年の経験をもって、身も心も強化してロザリンドを演じたことで、この役の輝きはさらに増した。 カーテンコール。 まばゆいウェディングドレス姿に身を包み、優しい微笑みを浮かべ、タキシード姿の小栗旬にエスコートされて現れた成宮寛貴は、突如、そのタップリしたスカートの裾を頭までまくりあげ、逞しい下肢を見せた。 そして、ニヤリと笑った。 劇中一度も見せたことのない、ヤンチャな男の子の顔だった。 「再演で試してみたことなんです。 蜷川さんはオープニングで、私服(稽古着)の俳優たちが舞台に現れ挨拶してから芝居が始まるという演出をされ、”これは作り事ですよ”ということを明確にしています。 その時も僕は、上半身の筋肉を強調したタンクトップで登場して、男が女を演じていることを強調しているんです。 エンディングでも、最後に男なんだよ、見せ物はこれで終わり、ってことをあえて見せて、お客さまに我に返ってもらおうと思ったんです」 このアグレッシブさ・・・・・・! それを”男らしい”と感じたが、成宮寛貴はサラリと笑顔で言った。 「いや、ぼくは男らしさも、女らしさも、どっちも好きですよ」 全6ページ (p50) タイトルなどの文字も何もないナリだけの写真(1ページ丸々) (p51・52・54) インタビューのみで写真はナシ (p53) ペチコート姿のロザリンドとシーリア、 熱く?語ってるギャニミード、 エイリーナに寄り添うギャニミード、の3枚の写真 (p55) 木の傍に立ち、笑っているギャニミード、 婚礼時のロザリンドとオーランドー、の2枚の写真 『お気に召すまま』公式ブログ 『KITCHEN』Bunkamuraシアターコクーン 『情熱大陸』 『いま、会いにゆきます』公式HP 発売日:2007/8/10、 REPO:8/11 ※記事内の文章等、転載を禁じます |
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